旭川ラーメンといえば、寒冷地ならではの知恵として生まれた「表面を覆う分厚いラード」「魚介と豚骨のダブルスープ」「濃口醤油」が王道とされてきました。その定説が支配していた1988年(昭和63年)3月、わずか9席の小さなカウンターから始まったのが「らーめん山頭火」です。
創業者の畠中仁氏がラーメン作りを決意したきっかけは、家族で訪れたラーメン店の味に満足できず、「自分が本当に旨いと思えるラーメンを作る」と宣言したことにありました。試行錯誤の末に辿り着いたのは、骨の旨味を極限まで抽出しつつも決して沸騰させず、豚骨特有の臭みを徹底的に排除した「白濁豚骨白湯スープ」でした。これを醤油ではなく「塩」でまとめ上げ、丼の中央に紅一点の小梅をあしらうという、当時としては極めて前衛的なビジュアルで提供したのです。
「豚骨なのに上品でミルキー、最後の一滴まで飲み干せる」という口コミは瞬く間に広がり、旭川ラーメンおすすめ名店の一角へと駆け上がりました。創業者の手記や当時の取材資料からも、素材の温度管理を1度単位で見極め、雑味を出さない丁寧な灰汁(あく)取りを愚直に繰り返した現場の執念がうかがえます。