田辺聖子氏の代表的エッセイシリーズ『カモカのおっちゃん大いに怒る』などに登場する「カモカのおっちゃん」は、完全な創作ではありません。そのモデルとなった人物こそ、田辺氏の実の夫である川野純夫氏です。
川野氏の本業は、大阪市内で医院を開業していた内科・小児科の医師でした。大正13年(1924年)生まれの川野氏は、豪快な気風と繊細な知性をあわせ持ち、患者からの信頼も厚い町医者として知られていました。作中では「へりくつばかり言う呑兵衛の中年男」としてユーモラスにデフォルメされていますが、実際の川野氏はクラシック音楽や美術に造詣が深く、旺盛な知的好奇心を備えた文化人でもありました。
「カモカ」という愛称の由来は、大阪弁特有の言い回しである「〜かもしれん(かも知れぬ)」を頻繁に口にしていたことから、田辺氏が茶目っ気を込めて名付けたものです。日常の些細な出来事に独自のロジックで異議を唱え、妻と丁々発止のやりとりを繰り広げる姿は、当時の読者層に圧倒的な親近感を与えました。