物語の随所で異様な存在感を放つお面。なぜ鬼殺隊の関係者や刀鍛冶たちは、頑なに素顔を隠し続けるのでしょうか。原作者・吾峠呼世晴氏が公式ファンブック『鬼殺隊見聞録』や作中で明かした設定を紐解くと、そこには命懸けの戦場を生き抜く者たちの切実な事情と、思わず膝を打つ意外な真相が横たわっています。
まず、炭治郎に水の呼吸を授けた育手・鱗滝左近次が天狗のお面をつける理由です。歴戦の元水柱であり、威厳と威圧感に満ちた人物に見えますが、公式記録で明かされた真相は驚くべきものでした。かつて鬼狩りとして前線に立っていた若かりし頃、鱗滝は「顔立ちが優しすぎて鬼から馬鹿にされた(舐められた)」経験を持っています。慈愛に満ちた穏やかな素顔を隠し、相対する異形を威圧するために選んだのが、憤怒の形相を宿す朱色の天狗面でした。教え子たちを失うたびに胸を痛め、鬼となった禰豆子を抱きしめて涙を流す彼の本質的な「優しさ」は、皮肉にも天狗の面の裏側に封印されていたのです。
一方、炭治郎の日輪刀を打つ鋼鐵塚蛍をはじめとする刀鍛冶たちがひょっとこ(火男)のお面をつける理由には、防諜と信仰という二重の意味があります。鬼殺隊の生命線である日輪刀の製造拠点は、鬼舞辻無惨の探索から完全に隠匿された「刀鍛冶の里」です。職人たちの身元や生活圏が割れることを防ぐため、里の住人は徹底して素顔を隠す掟を課されています。さらに「ひょっとこ」の語源は、古来の製鉄において炉に竹筒で風を送り込む「火男(ひおとこ)」に由来します。片目を細め口をすぼめた面は、たたら製鉄の過酷な熱風と火の粉から目を守り、鍛冶神を崇める職人たちの矜持そのものです。
そして、鬼殺隊士の中でも異彩を放つ嘴平伊之助が猪の頭皮を被る理由も見逃せません。山中で母猪に育てられた伊之助にとって、あの毛皮は単なる防具ではなく、幼少期に自分を慈しみ育ててくれた「育ての親の形見」でした。過酷な野生の掟を生き抜く誇りであると同時に、素顔が亡き実母・琴葉に瓜二つの端正な美少年であるという事実から、自らの野獣性を保つための無意識の鎧として機能していたことが伺えます。