風磨が芸能界入りを決意した際、常利氏は手放しで大賛成したわけではなかった。自らも厳しい音楽業界の荒波にもまれてきた経験があるからこそ、表現の世界が甘くないことを誰よりも理解していたからだ。しかし、息子の本気度と覚悟を確かめた上で、最終的には一人の男としての挑戦を温かく見守る道を選んだ。
常利氏の教育方針は一貫して「自分の足で立ち、自分の言葉で語る」こと。親の七光りに頼ることを良しとせず、風磨自身もデビュー当初は父親の存在をあえて公表していなかった。自らの努力と実力で独自のポジションを築き上げた後に、自然な形で親子関係が明かされたプロセスは、エンターテインメント界における非常に健全で理想的な親子像として高く評価されている。