ネット上の言説では「江戸時代の狂歌や都々逸が語源」と語られるケースが散見されますが、国立国会図書館のレファレンス協同データベースや『日本国語大辞典』の調査記録によると、文字として確認できる明確な初出は明治29年(1896年)の落語です。名人として名高い四代目橘家円喬が演じた演目『情死の情死』の速記本の中に、以下の決定的な台詞が残されています。
「生きて居たって生甲斐の無い身躰、豆腐の角へ頭を打付けて死んで仕舞ふ方が好いんだ」
当時の落語界において、このフレーズは人生に絶望して心中を図ろうとする男の情けなさを際立たせる「クスグリ(笑わせるための仕掛け)」として使われていました。ことわざとして古代から存在したわけではなく、明治期の東京落語の舞台で磨かれた言い回しが庶民へと浸透したというのが、文献学的な真実です。
ただし、その発想の根底には江戸時代の庶民文学が存在します。江戸中期の川柳や狂歌では、「豆腐に鎹(かすがい)」のような無駄骨を折る情景や、「蒟蒻(こんにゃく)の紐で首をくくれ」といった、柔らかい食品で自死を試みる不条理ギャグが定番として好まれていました。こうした江戸っ子特有の諧謔(かいぎゃく)精神を四代目橘家円喬らが巧みに換骨奪胎し、豆腐の角というキレのある言語表現へ昇華させたと見られています。