菊田の行動理念は、単なる組織への従属ではありませんでした。中央参謀本部からの指令を忠実に遂行しながらも、自らの部下であったアイヌ兵・有古力松(イポプテ)に対しては、過酷なスパイ任務に巻き込んでしまったことへの深い自責と情義を抱いていました。
鶴見中尉は菊田と有古の不審な動きを当初から疑っており、有古の父親が遺したアイヌの遺品を利用して精神的に揺さぶりをかけます。菊田は鶴見中尉の底知れない人心掌握術と狂気を肌で感じつつ、有古をなんとか軍の泥沼から生きて故郷へ帰そうと画策しました。
組織の歯車として冷徹に任務をこなす「プロの軍人」の仮面の下に、不器用ながらも若者を戦火から救おうとする「大人の男」の倫理観が宿っていた点こそ、菊田杢太郎が多くの読者を惹きつける最大の魅力です。