この歌が千年以上もの間、日本人の心を揺さぶり続けている理由は、「我が身ひとつはもとの身にして」という結句の残酷さにあります。
月は去年と同じ周期で空を照らし、春は去年と同じように花を咲かせます。自然の運行は恐ろしいほど正確で、何ひとつ変わっていません。そして業平自身の心も、高子を狂おしいほど求めた1年前の熱量をそのまま抱え続けています。
「自然も昔のまま、私の想いも昔のまま。それなのに、肝心のあなただけがここにはいない」。自分と自然だけが取り残され、二人の関係性だけが不可逆的に破壊されてしまったという事実。変わってしまった現実を受け止めきれない魂の叫びが、この五七五七七に凝縮されています。
後世の『古今和歌集』巻十五(恋歌五)の冒頭を飾ったことからも、当時の宮廷社会においてこの歌がいかに破格の感情表現として衝撃を与えたかが窺えます。