ちあきなおみがマイクを置いた直接の引き金は、1992年の夫・郷鍈治さんの逝去だった。俳優として活躍し、引退後はマネージャー兼プロデューサーとして彼女を陰で支え続けた最愛のパートナー。肺がんにより55歳という若さで旅立った夫の棺の前で、彼女は泣き崩れ、その後の人生を一変させる。
郷さんの実兄である俳優の宍戸錠さんは生前、ふたりの絆の深さについて折に触れて語っていた。「弟が生きていたからこそ、なおみは安心して歌えていた」という言葉が示す通り、郷鍈治という存在は彼女にとって単なる夫を超えた表現の錨だった。夫を失った瞬間、歌う理由そのものが彼女の中から消え去ってしまったのだ。