彼が全国的な知名度を一気に高めた契機は、日本青年会議所(日本JC)のトップに立ったことだった。全国数万人規模の若手経済人を束ねる組織の舵取りは、並大抵のリーダーシップでは務まらない。
そこで彼が強力に推し進めたのが、「アップデートJAPANプロジェクト」だ。単なるスローガン倒れに終わらせず、少子高齢化やDXの遅れに直面する日本社会の構造的課題に対し、民間主導の実践的な解決策を次々と打ち出した。
全国の会員を巻き込む熱量と、合意形成を導き出すプラグマティックな手腕。それは父親譲りの胆力と、現代のデジタルネイティブ世代特有のスピード感が同居した独自の手法だった。このJC時代の活動を通じて築かれた全国規模の人的ネットワークは、いまや永田町の長老たちも一目置く強固な基盤となっている。