戦後日本の首相において、在任期間の両極端に位置するのが安倍晋三と東久邇宮稔彦王です。両者の政権運営期間には、約60倍もの開きが存在します。
歴代最長記録を打ち立てた安倍晋三は、第1次内閣(2006〜2007年)の366日と、第2次〜第4次内閣(2012〜2020年)の2,822日を合わせ、通算在任日数3,188日という前人未到の記録を残しました。桂太郎の2,886日や大叔父である佐藤栄作の2,797日を塗り替えた背景には、官房長官を中心とした官邸主導体制の確立と、選挙で勝利を積み重ねる強固な党内ガバナンスがありました。長期政権ならではの首脳外交を展開し、国際社会における日本のプレゼンスを高めた点は国内外の外交筋からも高く評価されています。
対照的に、憲政史上最短の東久邇宮稔彦王 最短内閣は、わずか54日間で幕を閉じました。1945年8月17日、敗戦直後の日本において皇族として唯一首相に就任した東久邇宮は、約700万人におよぶ旧日本軍の武装解除と終戦処理という極めて重い使命を帯びていました。しかし、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が発令した「人権指令(治安維持法の撤廃や政治犯の即時釈放)」を巡り、内閣と占領軍の方針が決定的に対立。内閣総辞職を決断した際の手記や側近の証言録には、「占領下において自主的な統治権が保てない以上、責任ある政治は不可能である」という苦渋の決断が綴られています。