司法が示した「寛大な処置」は、しかし悲劇の完璧な終止符にはならなかった。執行猶予を得て社会に戻った男だったが、自らの手で実の母親の命を奪ったという事実、そして最期の瞬間に示された母親の慈愛の記憶は、逃れられない重荷として彼の心に覆いかぶさり続けた。
判決から数年後、男は自ら命を絶った。彼が遺した手記には、母への謝罪と、拭い去ることのできない深い孤立感が綴られていたという。「生きろ」という法廷からの温かい言葉も、愛する親を殺めた罪悪感の前にはあまりにも無力だった。介護殺人の被害者は、殺害された親だけではない。追い詰められ加害者となった家族もまた、精神的に破壊され、一生消えない地獄を歩まされるという現実を、この結末は残酷なまでに証明している。