桃を与える際に最大の脅威となるのが「種(核)」の存在である。桃の種には、二重の致死リスクが潜んでいる。第一のリスクが、植物毒である青酸配糖体「アミグダリン」による中毒症状だ。桃やアンズ、ウメなどバラ科サクラ属の植物の種子や未熟な果実にはアミグダリンが含まれており、犬の体内で腸内細菌やβ-グルコシダーゼと呼ばれる酵素によって加水分解されると、猛毒のシアン化水素(青酸ガス)を発生させる。
シアン化水素は細胞内のシトクロム酸化酵素を阻害し、血液中の酸素を組織が利用できない状態(内窒息)に陥らせる。万が一、種を激しく噛み砕いて摂取した場合、嘔吐、痙攣、呼吸困難、粘膜のチアノーゼを引き起こし、最悪の場合は数時間で死に至る。種の外殻は非常に硬いため丸呑みした場合は毒素が溶出しにくい側面もあるが、胃酸に長時間晒されることで微量ずつ毒素が溶け出す危険性は排除できない。
第二の、そして臨床現場で最も頻発するリスクが物理的な閉塞による「犬の腸閉塞リスク」だ。桃の種は直径3〜4cm前後の紡錘形をしており、表面が極めて粗くゴツゴツしている。体重数キロの小型犬の小腸内径は1cm程度に過ぎず、胃を通過した種が十二指腸や空腸で引っかかることは解剖学的に必然と言える。
腸管に種が嵌頓(かんとん)すると、局所の血流が途絶えて腸壁が壊死し、穿孔(穴が開くこと)による腹膜炎を併発する。この状態に陥ると、24〜48時間以内に開腹手術(腸切開術または腸切除吻合術)を行わなければ助からない。また、種だけでなく「桃の皮」も極めて難消化性であり、皮の表面にある微細な産毛(毛茸)が口腔内や胃粘膜を刺激し、激しい消化不良や胃腸炎を引き起こす要因となる。