『キングダム』における蒙武の武将としての経歴を振り返る際、ターニングポイントとなったのは紀元前244年の馬陽の戦いでした。かつての蒙武は、己の武勇を過信するあまり策を軽視し、趙軍の罠に落ちて大将軍・王騎を死地へ追い込む一因を作ってしまいます。しかし、この手痛い挫折こそが、彼を単なる「猪突猛進の猛将」から「中華を背負う真の大将軍」へと脱皮させる決定打となりました。
その真価が白日のもとに晒されたのが、紀元前241年の合従軍編における蒙武の汗明戦の詳細です。「至強」を自称し楚の象徴として立ちはだかった汗明に対し、軍総司令・昌平君が授けた斜陣がけの策を完璧に遂行。自軍の士気を限界点まで研ぎ澄ました蒙武は、腕を砕かれ頭部を割られながらも、王騎の死、そして自らが背負う中華統一の重圧を力に変えて汗明の頭部を粉砕しました。この一戦によって、蒙武は名実ともに中華全土へその武名を轟かせたのです。
読者の間でも議論が絶えない蒙武の強さの理由は、物理的な筋力や体躯の優位性だけに留まりません。軍事心理学の観点から分析すれば、彼の真の強みは「自らが先陣を切って敵防壁を粉砕することで、味方兵士の心理的限界(リミッター)を完全に解除させる突破力」にあります。恐怖を塗りつぶし、兵士全員を死生観の彼方へと巻き込むカリスマ性こそが、王翦や騰ら錚々たる傑物を差し置いて蒙武が六大将軍の活躍において「第一将」の座を与えられた根拠といえます。