コカ・コーラ生みの親ジョン・S・ペンバートンはなぜ特許を手放した?衝撃の真相

コカ・コーラ生みの親ジョン・S・ペンバートンはなぜ特許を手放した?衝撃の真相

コカ・コーラ生みの親ジョン・S・ペンバートンはなぜ特許を手放した?衝撃の真相について詳しく解説いたします。詳細な分析をお届けします。

発売初年度の販売量は1日平均わずか9杯程度、年間の売上高は約50ドルにとどまり、広告費などの経費(約73ドル)を下回る赤字スタートでした。しかし、ペンバートンは「この黒い液体はやがて全米を席巻する国民的飲料になる」と確信していました。それにもかかわらず、なぜ彼はその権利を完全に手放してしまったのでしょうか。

最大の理由は、彼自身の進行性の胃ガンによる体調悪化と、それに伴う極度の困窮でした。激痛を和らげるためのモルヒネ購入費は日増しにかさみ、当時の家計は完全に破綻していました。治療費と日々の生活費を捻出するため、ペンバートンは自らの持ち株や特許権を切り売りせざるを得ない追いつめられた状況にありました。

そこに目をつけたのが、同じくアトランタで薬局を営んでいた辣腕の実業家、エイサ・キャンドラー(Asa G. Candler)でした。キャンドラーはコカ・コーラが秘める爆発的な商業的価値を瞬時に見抜き、病床にあったペンバートンやその関係者から権利を段階的に買い集めていきました。ペンバートンが手に入れた対価は、分割払いの総額でわずか約2,300ドル(当時の相場でも極めて安価、2026年の換算レートでも数百万円程度)に過ぎませんでした。

項目詳細・数値データ一般的な基準・市場相場編集部の見解・評価特許・商標売却総額約2,300ドル(1888年完了)当時の有望特許:数千〜1万ドル超末期ガンの痛みと薬物依存につけ込まれた極端な買い叩き初期販売規模(1886年)1日平均9杯(初年度売上約50ドル)人気パテント薬:日販数百本規模局所的な薬局ソーダファウンテン販売に過ぎず全国展開前夜キャンドラー買収後の拡大(1892年)資本金10万ドルで法人化中小清涼飲料メーカー規模マーケティングとボトリング権利開放で爆発的普及を牽引現代の企業価値(2020年代半ば)時価総額 約2,600億ドル超世界トップクラスの巨大FMCG企業原発明者が受け取った対価との歴史的落差は人類史上最大級

ペンバートンは最期まで「息子のチャーリー(Charles Ney Pemberton)のために、権利の一部だけでも残したい」と懇願し、一部の持ち分を息子に託しました。しかし、父親と同様に重度の依存症に陥っていたチャーリーもまた、ペンバートンの死後すぐに残された権利を小口で手放してしまい、一族がその後の富を享受することは完全に不可能となったのです。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。