桃を扱う家庭で最も警戒すべき脅威が、桃の種に含まれるアミグダリンの毒性と、硬い核そのものによる物理的閉塞です。
アミグダリンはシアン配糖体と呼ばれる天然の毒素であり、バラ科植物(モモ、アンズ、ウメ、スモモ、リンゴなど)の種子核(仁)に高濃度で濃縮されています。犬が桃の種をガリガリと噛み砕いて中の仁を摂取すると、消化管内の酵素(β-グルコシダーゼ)や腸内細菌の働きによって加水分解され、猛毒であるシアン化水素(青酸ガス)を遊離します。青酸は細胞のミトコンドリア内にあるシトクロム酸化酵素の働きを阻害し、血液中の酸素が組織細胞に供給されるのを遮断します。これにより、犬は十分な呼吸をしていても細胞レベルで酸欠状態に陥り、呼吸困難、痙攣、ショック、最悪の場合は急死に至ります。
毒性以前に頻発するのが「物理的な腸閉塞(イレウス)」です。桃の種は楕円形で表面がゴツゴツと突起しており、長径が3〜4cmに達することも珍しくありません。特に小型犬や中型犬が誤って丸呑みした場合、食道や胃を通過できても、細い十二指腸や小腸の途中で完全に詰まります。腸管が閉塞すると血流が途絶えて腸組織の壊死や穿孔(破裂)を招き、腹膜炎を併発して命に関わります。
もし犬が桃の種を誤飲した時の対処法として、自宅で食塩水を飲ませて吐かせようとする行為は絶対に避けてください。高ナトリウム血症による脳浮腫を引き起こし、それ自体で命を落とす危険があります。また、表面が尖った種を無理に吐かせると食道粘膜を裂く恐れがあります。種を飲み込んだ瞬間を目撃した、あるいは食べた疑いがある場合は、即座に動物病院へ連絡し、「いつ、どれくらいの大きさの種を、どのような状況で飲み込んだか」を伝えて救急受診してください。胃内に留まっている早期(摂取後1〜2時間以内)であれば内視鏡による摘出が可能なケースもありますが、時間が経過して小腸へ流れてしまった場合は、開腹手術による腸切開が唯一の選択肢となります。
種だけでなく、桃の皮による犬の消化不良も見過ごせません。桃の皮には細かい産毛(トライコーム)が生えており、これが犬の咽頭や胃の粘膜を刺激して嘔吐を誘発します。繊維質が強固すぎるため犬の短い腸では消化できず、そのまま排泄される過程で下痢や腹痛の原因になります。栽培時の残留農薬が付着しているリスクも排除できないため、愛犬に与える際は皮を完全に厚く剥き取ることが必須条件です。