冒頭の歌詞「When I find myself in times of trouble, Mother Mary comes to me(僕が困難の渦中にあるとき、マザー・メアリーがやって来る)」において、世界中のリスナーが長年抱いてきた最大の疑問がマザーメアリー 誰という論点です。教会音楽を思わせるオルガンの厳かな響きと相まって、キリスト教の「聖母マリア」を歌った賛美歌だと受け取るリスナーは後を絶ちません。
しかし、これは歴史的事実に基づかない聖母マリア 誤解です。ポール・マッカートニー自身が自著『ザ・リリックス』や数々の一次インタビューで証言している通り、この女性はポールが14歳のときに乳がんで急逝したポール・マッカートニー 母親、メアリー・マッカートニーその人です。
思春期に最愛の母を失った傷はポールの心に生涯消えない空白を残しました。彼が26歳を迎えた1968年秋、バンド内の対立に疲れ果て、不眠とアルコールに逃げていた悪夢の夜、母メアリーがポールの夢枕に立ちました。ポールは当時の情景を次のように回顧しています。
「母の顔は驚くほど穏やかで、混乱の中にいた僕を安心させてくれた。彼女は優しく微笑んで『大丈夫よ、すべてうまくいく。ただ、そのままにしておきなさい(It will be all right, just let it be)』と語りかけてくれたんだ。目が覚めたとき、胸の中の重荷がすっと消え去っていた。僕はすぐに起き上がり、ピアノに向かった」
ポールはこの体験をもとにLet It Be 誕生秘話を紡ぎ出しました。もちろん、ポール自身も「メアリー」という名前が普遍的な聖母のイメージと重なる多義性を理解しており、聴き手が宗教的な癒やしを見出すことを否定していません。しかし、曲の核心にあるのは、孤立無援の青年を救った実母の無条件の抱擁でした。