世界的プレイヤーとしての華々しい表舞台の一方で、渡辺貞夫の人間的魅力と安定した演奏活動を語る上で欠かせないのが、長年連れ添う妻・三津子(みつこ)さんの存在です。若き日の留学時代から無名の下積み期、そして世界を股にかける多忙なツアー生活に至るまで、三津子さんは常に公私両面でナベサダを献身的に支え続けてきました。
家族社会学や心理学の観点において、過酷なプレッシャーに晒されるトップ表現者が長期にわたってパフォーマンスを維持するためには、心理的安全性が確保された家庭環境と、互いの個を尊重し合う「健全な心理的バウンダリー(境界線)」が不可欠とされます。渡辺夫妻の関係性は、過度な依存に陥ることなく、音楽への専念を温かく見守る深い相互信頼によって構築されています。
「家に帰れば、ただの貞夫に戻れる」――ナベサダがしばしば口にするこの言葉は、家庭という揺るぎない錨(アンカー)があるからこそ、世界中の過酷なステージでも伸びやかに羽ばたき続けることができるという事実を雄弁に物語っています。