辻政信の失踪真相と怪奇の生涯|作戦の神様か悪魔の参謀か

辻政信の失踪真相と怪奇の生涯|作戦の神様か悪魔の参謀か

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失踪直後から、国内外のメディアや政界では様々な辻政信 生存説が囁かれました。「中華人民共和国に亡命して人民解放軍の顧問になった」「ソ連のKGBに拉致されモスクワに抑留されている」「タイの奥地で寺院の住職として平穏に暮らしている」など、怪奇に満ちた噂は絶えませんでした。

機密解除された米中央情報局(CIA)のファイルによると、米国側も辻の動向を「予測不能で危険な極右ナショナリスト」として終戦直後から厳重に監視していました。ラオスでの失踪直後、CIAは現地情報網を駆使して追跡調査を実施しましたが、1960年代中盤の記録では「現地ゲリラ部隊によってスパイ容疑で拘束され、間もなく処刑された可能性が極めて高い」と結論づけています。

現場となったラオス北部の山岳地帯では、当時ベトナム戦争の前哨戦として激しい秘密工作が繰り広げられていました。身元不明の東洋人僧侶が共産勢力の勢力圏に侵入した場合、情報収集を目的とした米軍や南ベトナム軍の特務機関員と誤認されるのは必至の状況でした。現地パテト・ラオ幹部や元兵士の証言の断片を統合すると、拘束された辻は尋問の末、軍事法廷を経ることなくジャングル内で射殺されたという見解が最も有力視されています。

失踪から7年が経過した1968年7月20日、日本の民法が定める普通失踪の期間が満了しました。翌1969年(昭和44年)7月、東京家庭裁判所において失踪宣告が確定し、法的な死亡認定が下されました。これにより、昭和史を揺るがし続けた怪物は、法手続きの上で正式にその生涯を閉じることとなったのです。

田中 結衣
著者

田中 結衣

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。