ニュースやネット上で「津波の高さ40m」という見出しを目にした際、水平線の彼方から40mの巨大な水のビルが直立した状態で押し寄せてくるイメージを抱く人が少なくありません。しかし、これは流体力学的にも防災上でも重大な誤認です。
混乱の根底には、気象庁や研究者が用いる「津波の高さ(波高)」と「遡上高(そじょうこう)」の概念の混同があります。
気象庁が発表する「津波の高さ」とは、平常時の潮位面から津波によって持ち上がった水面の頂点までの高さを指します。沿岸の験潮所などで純粋に計測される海面の上下動です。一方、東日本大震災の岩手県宮古市重茂姉吉地区で観測された国内最大の「40.5m」という数値は、陸地に達した津波が山の斜面を駆け上がり、草木をなぎ倒して痕跡を残した最高地点の標高を示す「遡上高」です。
陸上に達した津波は、奥へ行くほど幅が狭まるV字型の谷や急斜面にぶつかると、押し寄せる後続の水の圧力によって上へ上へとせり上がります。平地での浸水高が10m前後であっても、谷筋の斜面では2倍から3倍以上の高さまで水が駆け上る事例は珍しくありません。
また、ネット上で都市伝説のように語り継がれてきた「1771年 八重山地震(明和の大津波)の85.4m」という国内最大記録についても、現代の学術研究によって誤解の全貌が暴かれています。当時の琉球王国の古文書『大波之時各村之形行書』には、石垣島宮良村で波の高さが「28丈2尺(約85.4m)」に達したと記されていました。しかし、東京大学地震研究所や防災科学技術研究所などの研究チームによる津波堆積物の採取分析、および最新の数値シミュレーションの結果、実際の遡上高は約28〜30m程度であったことが論証されています。当時の測定方法の曖昧さや、被害の凄惨さを強調するための誇張、尺貫法の換算誤差が重なった結果生まれた「85m神話」でした。とはいえ、30mであっても島を一瞬で壊滅させるには余りある致命的な破壊力であったことは紛れもない歴史的事実です。