晩年の彼女が情熱を注いだのは、自身を育ててくれた「山への恩返し」だった。山頂に放置されるゴミ問題に心を痛め、NPO法人を立ち上げて富士山やヒマラヤの環境保全活動に奔走。自らゴミ袋を手にして山道を歩く姿は、多くのハイカーの意識を変えた。
さらに2011年の東日本大震災以降は、被災した東北の高校生たちを励ますため、毎年一緒に富士山に登るプロジェクトを発足させた。ガンを発症し、抗がん剤治療を続けながらも、彼女は生徒たちの先頭に立って一歩一歩山を登った。「山に登ることで、人間は強くなれる」。自らの命の灯火が消えかけるその直前まで、彼女は未来を担う若者たちへ生きる勇気を伝え続けたのだった。 (出典: 田部井 淳子(Yahoo!ニュース))
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