テレビ画面の中では、どんなトラブルが起きても最後には抱き合って笑い合う理想の夫婦「ルーシーとリッキー」を演じた二人。しかし、カメラが止まったスタジオの裏側では、激しい摩擦と精神的な消耗戦が日常化していました。公私にわたって一心同体だった二人がなぜ破局に至ったのか、ルシル・ボールとデジ・アーナズの離婚理由には、ハリウッド特有の重圧と個人的な弱さが複雑に絡み合っています。
夫妻の間には、1951年に長女ルーシー・アーナズ、1953年に長男デジ・アーナズ・ジュニアという2人の子供が誕生しました。ルシルの実際の妊娠劇を番組のストーリーに組み込む手法は、当時のテレビ界におけるタブーを破る革新的な試みとして喝采を浴びました。しかし、家庭を築くことで夫の夜遊びや放蕩を抑え込もうとしたルシルの願いは叶いませんでした。
関係者の回想録や後年の取材記録によると、キューバの名家出身でありながら亡命を余儀なくされたデジは、急速に巨大化するビジネスの重圧から逃れるように重度のアルコール依存とギャンブルにのめり込み、度重なる女性問題を起こしていました。ルシルは自著の手記の中で、夫の奔放な行動に対して「毎晩のように胃を痛め、受話器を握りしめて行方を捜し回っていた」と述懐しています。
夫婦関係の悪化が決定的となったのは、共同経営していた制作会社「デジル・プロダクション」の急成長でした。制作総指揮としてビジネスの手腕を発揮するデジと、現場で完璧な演技を追求するルシル。二人は会社組織の維持と人気番組の看板を守るためだけに結婚生活を偽装し続ける関係へと陥り、精神的な限界を迎えた1960年、ついに20年におよぶ婚姻関係に終止符を打ちました。