茨城を訪れた旅行者が真っ先に直面するのが、「どぶ汁」と「通常のあんこう鍋」のどちらを注文すべきかという贅沢な選択です。品書きを眺めると、どぶ汁の方が数千円ほど高価に設定されているケースが目立ちますが、その価格差には調理法と素材使用量における決定的な理由が存在します。
一般的なあんこう鍋は、昆布や鰹節で引いた出汁に味噌や醤油を合わせ、アンコウの身や野菜を煮込み、仕上げにあらかじめペースト状にしたあん肝を溶かし込みます。これに対して、北茨城の平潟港や大津港で生まれた元祖「どぶ汁」は、鍋の中に水や出汁を一滴も加えません。まず熱した鉄鍋に生のあん肝をたっぷりと投入し、木べらで潰しながら脂が透き通るまで徹底的に乾煎りします。そこに大根や白菜などの季節野菜を敷き詰め、アンコウの身を乗せて蓋をすることで、野菜と魚体から染み出す純粋な水分のみでじっくりと煮立たせ、最後に地元の熟成味噌で味を整えるのです。
「どぶ汁」という独特の呼称については、あん肝が鍋全体に溶け出して白濁した濁酒(どぶろく)のように見えることから名付けられたという説や、船上で手に入る材料を鍋の中に「どぶどぶ」と放り込んだことに由来するという説が伝わっています。加水しない分、スープの粘度とコクは圧倒的で、口に含んだ瞬間に凝縮された肝の芳醇な油脂とコラーゲンが舌を包み込みます。一方で、一般的なあんこう鍋は、後味に爽やかさを残す上品な仕上がりとなっており、澄んだ出汁のキレを好むか、脳天を揺さぶる濃厚さを求めるかによって、評価が二分される構造となっています。