2014年4月8日、周富徳氏が71歳でこの世を去ったというニュースは、日本中に大きな衝撃を与えました。インターネット上では「メディアからの追放ストレスによる激変」「隠された重病」など様々な憶測が飛び交いましたが、周富徳の死因の真相は、公式発表および親族・関係者の証言が示す通り、糖尿病の長期療養中に発症した「誤嚥性肺炎(急性呼吸不全)」でした。
周氏は晩年、長年の不規則な生活や厨房でのハードワークが祟り、重い糖尿病を患っていました。晩年の特番インタビューや親族の手記によれば、入退院を繰り返す中でも料理への探求心は衰えず、病院のベッドの上でも新しいメニューの構想をノートに書き留めていたといいます。公の場で見せる笑顔の奥で、病魔と孤独に戦い続けたプロフェッショナルとしての壮絶な姿がありました。
一時期、所属法人の税務処理問題やスタッフの雇用をめぐる報道によってテレビ画面から距離を置いた時期があったため、一部のネット言論では「晩年は失意のどん底にあった」と語られがちです。しかし実態は異なり、メディアの喧騒から離れた後は、弟子たちの育成と自身の店舗の厨房に腰を据え、一人の「鍋を振る料理人」としての原点に立ち返る充実した日々を送っていました。