物語の根底を揺るがす最大の疑問――それは「なぜ一国の最高権力者である帝が、山奥に棲まう獣の神の首を欲したのか」という点にあります。結論から言えば、もののけ姫におけるシシガミの首を狙う最大の理由は、古来より東アジア一帯を支配してきた「不老不死」への妄執に他なりません。
劇中で暗躍する怪僧・ジコ坊の背後には、朝廷直属の謎に包まれた組織「師匠連(ししょうれん)」が存在します。ジコ坊が率いる隠密武装集団「唐傘連(からかされん)」や、冷酷無比なジバシリ(地走り)たちは、すべて師匠連の意向を受けて動く実動部隊です。ジコ坊自身は「神仏を敬わぬ不届き者」を装いながらも、その実態は「ジコ坊 首 目的 帝」という厳命を忠実に遂行する極めて有能な官僚的フィクサーでした。
当時の日本における帝(天皇)は、病弱あるいは老境に差し掛かり、肉体の衰退を極度に恐れていました。中国の始皇帝が徐福に命じて東方の海へ不老不死の霊薬を求めさせた故事と同様、生と死を自在に操るシシ神の首には「永遠の命を授ける効能がある」という伝承が宮廷内で信じられていたのです。しかし、朝廷の狙いは単なる延命にとどまりません。
歴史学者・網野善彦氏が提唱した「無縁・公界・楽」の概念が示す通り、神々の森は国家権力の法が及ばない「聖域(アジール)」でした。シシ神という絶対的象徴を討ち取ることは、自然界の超越的な力を朝廷の支配下に組み敷き、国家による全国統一を完遂するための強権的な政治的デモンストレーションでもあったのです。