『るろうに剣心 星霜編』のクライマックスにおいて、主人公・緋村剣心の死因となった病気について、結論から明言すれば公式設定における病名は「名もなき架空の不治の病」です。監督を務めた古橋一浩氏をはじめとする制作スタッフのインタビュー資料やオーディオコメンタリーにおいても、特定の病名を意図して設定したわけではないことが明かされています。
それにもかかわらず、なぜ2000年代初頭のインターネット黎明期から現代に至るまで「梅毒」という具体的な病名が一人歩きしてしまったのでしょうか。その背景には、作品内で描かれた極めて生々しい3つの描写要因が存在します。
第一の要因は、剣心の全身に現れた赤紫色の「斑紋」という視覚的症状です。物語が進むにつれて剣心の顔や首筋、腕などには痛々しい発疹が広がり、次第に体力と記憶を奪っていきました。この皮膚病変が、梅毒の第2期から第3期に見られる特徴的な皮膚症状(梅毒疹やゴム腫)を強く想起させたのです。
第二の要因は、妻である神谷薫への感染プロセスです。作中において薫は、大陸へ渡り苦しむ剣心の苦痛を分かち合うため、自ら身体を重ねることで病を受け入れます。「性交渉を介して同じ症状が配偶者にうつる」という展開が、性感染症の代表格である梅毒の感染経路と完全に重なって映ったことが、視聴者の推測に決定打を与えました。
第三の要因として、明治時代という歴史的リアリティが挙げられます。抗生物質であるペニシリンが普及する以前の明治期において、梅毒は一度罹患すれば完治が極めて困難な死の病として恐れられていました。幕末の動乱から明治を生き抜いた剣客の哀愁を描く時代劇として、当時の不治の病の代名詞であった梅毒がファンの頭の中で結びついたのは、ある意味で自然な連想だったとも言えます。