加藤和也氏の生い立ちは、日本の芸能史の中でも類を見ない複雑な家族背景を持っています。血縁上の実父は美空ひばりさんの実弟である「かとう哲也(旧芸名:小野透)」氏であり、実母は円山鈴子氏です。つまり、血縁関係としてはひばりさんの「甥」にあたります。
しかし、実父の度重なるトラブルや家庭環境の変化を受け、1977年、和也氏が7歳のときに美空ひばりさんの養子として正式に入籍しました。生涯独身を通し、実子がいなかったひばりさんは、和也氏を実の息子以上に溺愛。「和也のためなら命も惜しくない」と公言し、多忙を極める巡業先にも頻繁に同行させるなど、深い愛情を注ぎました。
和也氏自身、過去の手記や特番インタビューで当時を振り返り、次のように語っています。
「母はお袋であり、日本中のお母さんでもあった。幼い頃は周囲の大人たちに囲まれて育つプレッシャーもあったが、二人きりの時に見せる母の無償の愛があったからこそ、どんな重圧にも耐えてこられた」
1989年6月、わずか17歳(高校中退直後)にして最愛の母を亡くした和也氏は、莫大な遺産とともに「美空ひばり」という不世出の大看板を背負うこととなりました。