啄木のエピソードの中でも、特に読者を戦慄させるのが彼が遺した私日記『ローマ字日記』の存在だ。妻の節子に読まれることを恐れた彼は、日本語の文章をすべてローマ字表記で綴るという巧妙な手段を用いた。そこに書かれていたのは、文学的な美辞麗句ではなく、欲望と自己嫌悪が渦巻くあまりにも生々しい本音だった。
「今日も浅草へ行った」「女を買った」といった買春の記録から、自身の性的衝動、同僚への愚痴、さらには家族に対する鬱屈した感情まで、偽りなく暴露されている。後に解読されたこの日記は、彼の没後に文壇へ大きな衝撃を与えた。カッコつけず、人間の暗部をそのまま文字に叩きつけた姿勢こそが、皮肉にも彼のリアリズム文学の骨格をつくっていたのかもしれない。