1985年10月にスタートした『ニュースステーション』は、日本のテレビ報道の風景を一夜にして塗り替えました。「中学生でもわかるニュース」を掲げ、プロ野球の結果を居酒屋感覚で論じ、政治の欺瞞を皮肉交じりのフリートークで突くスタイルは、最高視聴率34.8%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を叩き出し、夜10時台の生活習慣そのものを再構築しました。
しかし、2004年3月の番組終了へと至る道のりは、栄光と同時に深い苦悩に満ちていました。降板の決定的な理由として語られるのが、以下の3つの複合的要因です。
第一に、1999年に発生した「所沢ダイオキシン誤報道事件」が残した深刻な精神的打撃です。番組内の農業野菜に関する報道が風評被害を招き、テレビ朝日が名誉毀損で提訴される事態に発展しました。久米宏自身も自著などで「あの事件以降、自分の言葉が他者を傷つける恐怖と、背負う責任の重さに押しつぶされそうになった」と述懐しています。自身の自由な発言が、組織と無関係な農家を巻き込んだことへの自責の念は、キャスターとしての情熱に影を落としました。
第二に、制作陣・テレビ朝日上層部との「政治的距離感」を巡る絶え間ない緊張関係です。自民党政権に対する歯に衣着せぬ批判は、視聴者の喝采を浴びる一方で、局の上層部やスポンサーからの有形無形の圧力を呼び込みました。久米宏が所属していた制作会社「オフィス・トゥー・ワン」とテレビ朝日のパワーバランス、そして自身のギャランティを巡る政治劇は、晩年に向かうにつれて疲弊の度合いを深めていきました。
第三に、肉体と精神の限界です。月曜から金曜まで毎日生放送に縛られ、昼過ぎに出社して数時間の綿密な打ち合わせと原稿チェックを重ねる生活を18年半継続したことは、常人の想像を絶する負荷でした。「いつ辞めてもいいと思いながら毎日スタジオに入っていた」という本人の回想は、虚勢ではなく偽らざる本音でした。