曙の身長203Cmと最高体重の真相!若貴との体格差から激闘史を徹底検証

曙の身長203Cmと最高体重の真相!若貴との体格差から激闘史を徹底検証

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日本相撲協会が残した公式記録において、曙太郎の身長は203cm、現役時代の最高体重は233kgと明記されています。入門当初の新弟子検査(1988年春場所)の段階ですでに身長200cm、体重121kgを計測しており、日本人力士が並ぶ計量場においてその巨躯は異彩を放っていました。

ネット上やファンの間では長年、「曙の203cmはサバ読みではないか」「実際は205cmを超えていたのではないか」「逆にバスケットボール時代の公称値より縮んでいるのではないか」といった真逆の憶測が飛び交い続けてきました。この疑問を解く鍵は、相撲界特有の厳格な計測環境と、彼のアスリートとしての経歴にあります。

ハワイ・オアフ島出身のチャド・ローウェン(曙の本名)は、ハワイ・パシフィック大学でセンターとして活躍していた経歴を持ちます。米国のカレッジバスケットボール界では「6フィート8インチ(約203.2cm)」として登録されていました。アメリカのスポーツ界ではシューズ着用で身長を測るケースが珍しくありませんが、日本の大相撲における新弟子検査は「裸足かつ頭髪を押さえつけた厳正な実測」で行われます。

当時の大相撲関係者の証言によると、新弟子検査の計測器の柱が曙の頭頂部に届きそうになるほどで、計測員が踏み台を使って頭頂部を確認したという逸話が残されています。つまり、シューズの底上げや誇大表示ではなく、裸足の実測値として純粋に203cmに達していたというのが揺るぎない事実です。むしろ、力士特有の髷(まげ)を結う前の段階でこの数値を叩き出していた点に、骨格そのものの並外れたスケールが示されています。

一方、体重に関しては激しい増減の歴史をたどりました。入門時の121kgから、関取昇進時には170kg前後に到達。1993年に第64代横綱へ昇進した頃には190kgを超え、全盛期終盤から晩年にかけては膝の故障による稽古不足も重なり、最高で233kgを記録しました。実に100kg以上の増量を経た肉体は、土俵上の脅威であると同時に、彼自身の関節を蝕む刃ともなっていったのです。

山下 哲也
著者

山下 哲也

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。