SNSやネットコミュニティでは、小倉一郎の激動の人生に対して、時代ごとに異なる多様な反響が寄せられてきました。かつて『プレバト!!』などのバラエティ番組で披露された俳句の腕前に対しては、「繊細な言葉選びに胸を打たれる」「弱者や自然の小さな息吹に寄り添う句作が素晴らしい」といった絶賛の声が絶えませんでした。
俳号である「小倉蒼蛙(そうあ)」の名で刊行された句集やエッセイでも明かされている通り、彼にとって言葉を紡ぐ行為は、病気や孤独の苦痛から心を解き放つ唯一無二のシェルターでした。闘病中に詠まれた句には、迫り来る死への恐怖と、それでもなお生にしがみつこうとする魂の叫びが刻まれており、読者から「涙なしには読めない」「本物の表現者の覚悟を感じる」という深い共感が寄せられています。
一方で、近年の度重なる離婚や激やせ報道の際には、5ちゃんねるやYahoo!ニュースのコメント欄において「また離婚したのか」「自己愛が強すぎるのではないか」といった厳しい批判が投げかけられたことも事実です。しかし、実際の取材現場で接する舞台関係者や知人たちの証言は、ネット上の冷淡な書き込みとは全く対照的です。
「小倉さんは誰に対しても腰が低く、スタッフ一人ひとりの体調を気遣うような、優しすぎるほど繊細な方。他人に迷惑をかけたくないという思いが強すぎるあまり、体調が悪化すると自分から身を引いて一人になろうとしてしまう。その不器用な潔癖さが、結婚生活においては摩擦を生んでしまったのかもしれません」(長年現場を共にしたテレビ局プロデューサー)