時計の針を巻き戻すと、病の発見はまさに青天の霹靂でした。喉のつかえ感や違和感を覚えた秋野さんが精密検査を受けたところ、判明したのは頸部食道がんを含む複数の重複がん(ステージ3)という極めて重い診断でした。食道は壁が薄く、周囲にリンパ節や気管などの重要臓器が密集しているため、進行が早い難治性がんの一つとして知られています。
当初、外科手術による食道全摘出も検討されましたが、その場合は声帯を失う可能性が極めて高い状況でした。女優として「声を失うことは命を失うことと同義」と捉えた秋野さんは、声を残す道を模索。主治医との徹底的な対話の末、抗がん剤治療(化学療法)と放射線治療を組み合わせた化学放射線療法という決断を下しました。
この選択に伴う秋野暢子さんの闘病生活は、想像を絶する過酷さでした。シスプラチンや5-FUといった強力な抗がん剤の投与による激しい吐き気、全身の倦怠感、味覚障害、皮膚障害。そして治療開始に伴う脱毛を前に、彼女は自らバリカンを握り、トレードマークだったショートカットを剃り上げて潔くスキンヘッド姿になりました。
「病気に立ち向かうのではなく、病気を受け入れて一緒に乗り越える」という彼女の覚悟は、当時の特番インタビューや手記でも克明に語られています。逃げずに病と対峙した精神的な強さが、驚異的な治療効果を引き出す大きな原動力となりました。