飯島愛さんが亡くなる直前、精神的・肉体的にどのような状態にあったのかは、彼女が運営していたアメーバブログ「飯島愛のポルノ・ホスピタル」の記録から生々しく伝わってきます。
生前最後の投稿となったのは、2008年12月5日の記事でした。そこには、当時ニュースになっていた女児連れ去り事件への怒りとともに、自身の精神的揺らぎが吐露されていました。
「たまに、パ信(パニック)になりそうになる」「自分が何者かわからなくなる時がある」
また、同年11月30日の記事では「すごいよ、みんな。生きてる!私、生きてるよ!」とファンからの温かいコメントに感謝を述べ、自らを奮い立たせるような言葉を遺していました。飯島愛さんのブログ最後の言葉を検証すると、自ら命を絶とうとする絶望ではなく、孤独や不安と必死に戦いながら、新しい人生を模索していた姿が浮かび上がります。
関係者の証言によると、引退後の彼女は女性のためのセレクトショップやECサイトの立ち上げに向けて奔走していましたが、ビジネス上のトラブルや信頼していた知人との金銭摩擦に直面し、深い人間不信に陥っていました。さらに心療内科に通院し、抗不安薬を処方されていたことも判明しています。
12月中旬の東京都内は厳しい寒波に見舞われていました。風邪をこじらせて重い肺炎を発症していたにもかかわらず、人間関係の軋轢から周囲に助けを求められず、一人きりの部屋でセルフネグレクト(自己放任)に近い状態に陥っていたと考えられます。誰にも看取られることなく呼吸不全へと進行していった過程は、都市部における「社会的孤立」の過酷さを物語っています。