そもそも、なぜ「油性ペンを持参せよ」という言説が選挙のたびに熱心に拡散されるのでしょうか。その震源地は、「鉛筆で書くと、開票所で不正な選管職員に消しゴムで消され、特定の候補者の名前に書き換えられてしまう」という不正選挙疑惑のデマです。
しかし、選挙の実務を知る者から見れば、この疑惑は物理的・構造的に成立し得ません。
第一に、開票所には公職選挙法第62条に基づき、各政党・各候補者陣営から推薦された「開票立会人」が必ず複数名配置されています。思想や利害が激しく対立する陣営の監視役が四方から目を光らせている空間で、職員が投票用紙を一枚ずつ消しゴムで消し、別の名前を鉛筆で上書きする行為など、衆人環視の中で100%不可能です。さらに開票作業は一般の有権者にも参観が認められており、報道関係者のカメラも常時稼働しています。
第二に、ユポ紙に強い筆圧で書かれた鉛筆の文字を消しゴムで消そうとしても、樹脂表面に微細な筆圧痕(凹み)が残り、完全には消え去りません。仮に消そうと激しく擦れば紙の表面が摩擦熱で変質し、不正の痕跡は誰の目にも一目瞭然となります。
この言説が拡散し続ける背景には、社会心理学で指摘される「敵対的メディア認知」と「政治的疎外感に基づく陰謀論的思考(Conspiracy Mentality)」が存在します。「自分の支持する政党が勝てないのは、見えない巨大な不正が存在するからだ」と思い込むことで心理的な平衡を保とうとする認知的防衛反応が、SNSの閉じたコミュニティ内でエコーチェンバー現象を起こし、「投票用紙 乾かない デマ」や「油性ペン持参の推奨」という歪んだ形勢となって表出しているのです。