Web上の情報で頻繁に見受けられる誤解が、「陰惨な事件が起きたり、主要キャラが悲惨に死亡したりする展開(いわゆる鬱エンド・胸糞展開)=メリバ」と混同してしまうケースです。しかし、ナラティブ(物語論)の視点から言えば、この2つは似て非なる構造を持っています。
鬱エンドの本質は「理不尽な不幸に対する登場人物たちの苦悶や悔恨」にあります。そこには当事者の納得や幸福感は存在しません。対照的に、メリバの成立には「当事者による強固な自己肯定と幸福の実感」が不可欠です。
たとえ肉体が滅びようと、外界から隔絶された狭い部屋に幽閉されようと、彼ら自身が「これで私たちは永遠にひとつになれた」と心から満足し、微笑んでいること。この「狂気的なまでの主観的幸福感」と「客観的事実としての圧倒的な破滅」との落差こそがメリバの核心であり、単なるバッドエンドとは一線を画す情緒の迷宮を生み出しています。