1945年4月、圧倒的な物量と火力を誇るアメリカ陸軍第10軍が沖縄本島中西部の海岸へ上陸を開始した。これを迎え撃ったのは、首里の地下深くに堅固な司令部壕を構築していた大日本帝国陸軍第32軍である。米軍の圧倒的な艦砲射撃と航空爆撃による「鉄の暴風」に対し、日本軍は地下陣地を活用した徹底的な反撃を展開。前線は一進一退の凄惨な泥沼戦へと突入した。
指揮を執った大日本帝国陸軍第32軍司令官の牛島満中将は、持久戦による本土防衛の時間稼ぎに徹し、首里防衛線で米軍に多大な出血を強いた。一方、アメリカ陸軍第10軍の司令官サイモン・B・バックナー・ジュニア中将もまた、前線での直接指揮中に日本軍の砲撃を受けて戦死を遂げる。最高指揮官双方が命を落とすという異例の事態は、この戦いがいかに凄絶を極めたかを如実に物語っている。