観光情報誌を開けば「太宰府天満宮」と「宮地嶽神社」がツートップとして紹介されます。しかし、神社関係者や古くからの福岡市民に「人生のどん底から這い上がる時、あるいは本質的な再生を期す時にどこへ向かうか」と尋ねると、異口同音に返ってくる神社があります。それが、博多湾の北東に位置する志賀島に鎮座する志賀海神社(しかうみじんじゃ)です。
なぜ志賀海神社が福岡最強パワースポットの決定的な理由として語り継がれるのか。その背景には、神道における根本原理である「禊(みそぎ・祓い)」の教義があります。
日本神話において、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉の国の穢れを洗い流す「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」で禊祓いを行った際、海中から生まれたのが綿津見三神(底津綿津見神・中津綿津見神・表津綿津見神)です。志賀海神社はその綿津見三神を祀る全国の綿津見神社の総本宮であり、「すべての穢れを洗い流すゼロ地点」として機能してきました。
精神分析や行動心理学においても、人は心に不要な執着や不安(穢れ)を抱えた状態では、いくら「学問成就」や「商売繁盛」といった願望を上書きしようとしても認知の歪みが生じ、効果的な決断が下せないとされます。神道の文脈でも同様に、まず志賀海神社で徹底的に心身の穢れを祓い、魂を清らかな状態(白紙)に戻してから太宰府や宮地嶽に祈願してこそ、ご利益が宿るという順序が成立します。この「祓い清めの徹底」こそが、地元識者が太宰府以上に絶対的な信頼を寄せる真相です。
境内入口には御神砂である「潮井(しおい)」が置かれ、参拝者は自ら砂を体に振りかけて清めてから石段を上がります。玄界灘の強烈な潮風と深い森が交錯する境内には、いわゆる観光地的な喧騒が一切なく、訪れる者を無言で圧倒する静寂が広がっています。