五摂家とは、平安時代中期の絶対的権力者・藤原道長の流れを汲む藤原北家の嫡流から生まれた5つの最高格式家です。鎌倉時代以降、天皇を補佐・代行する「摂政」「関白」に就任できる家柄はこの5家に限定され、公家社会の頂点として日本の宮廷儀礼や文化を主導してきました。
歴史的には、平安末期に道長から直系を継いだ藤原忠通の息子たちから分かれた「近衛家」と「松殿家(後に没落)」、忠通の四男から分かれた「九条家」が源流となります。その後、近衛家から「鷹司家」が分派し、九条家から「二条家」「一条家」が分立したことで、現在の五摂家の枠組みが完成しました。
明治維新を迎えると、版籍奉還に伴い華族制度が発足。五摂家はいずれも旧公家の中で最高位となる「公爵」に叙爵され、貴族院の世襲議員としての特権階級を形成しました。しかし、第二次世界大戦の敗戦に伴う日本国憲法の施行により、1947年に華族制度は完全に廃止されます。法的な身分特権を失った名門は、戦後民主主義という新たな時代の中で、それぞれの道を切り拓くことになりました。