物語開始時点の桐生戦兎は、驚異的な頭脳と驚異の身体能力を持ちながら、過去20数年間の記憶を一切失った青年として東都先端物質研究所に迎え入れられました。しかし、彼が追い求めた桐生戦兎の正体は、視聴者の予想を遥かに超える凄惨なものでした。戦兎の実態は、人体実験組織ファウストの創始者で「悪魔の科学者」と恐れられた葛城巧の記憶を消され、顔だけを殺害された売れないロックバンド「ツナ義研」のボーカル・佐藤太郎にすげ替えられた合成的存在だったのです。
この戦慄の事実を裏で操っていたのが、戦兎に住まいと名前を与えた「恩人」であり、喫茶店nascita(ナシタ)のマスターとして振る舞っていた石動惣一、すなわち地球外生命体エボルトでした。
事の発端は、葛城巧がエボルトの危険性に気づき、自立型防衛兵器の開発へと舵を切ったことにありました。エボルトにとって、パンドラボックスの完全開放を阻止しようとする葛城巧は邪魔者であると同時に、ボトルや変身システムを精製できる唯一無二の頭脳でもありました。そこでエボルトは、新薬の治験アルバイトを名目に葛城巧の部屋へ呼び出された罪なき青年・佐藤太郎を殺害。葛城巧を不意打ちで昏睡させ、スタークの能力である「顔を変える毒針」によってふたりの顔面を完全に入れ替えたのです。
エボルトが仕組んだ記憶喪失の理由は冷徹そのものでした。正義感や防衛意識に目覚め、人類愛に基づく兵器開発を拒み始めた葛城巧の自我をネビュラガスで初期化し、「正義の味方」という都合の良い虚構のペルソナを与えてビルドシステムとフルボトルを完成させるためです。雨の降る夜、記憶を失い路頭に迷う戦兎を拾い上げた石動惣一の行動は、慈悲などではなく、人類滅亡に向けた長期的なシミュレーションの第1フェーズに過ぎませんでした。
この事実を知らされた戦兎の胸中に去来した絶望の深さは計り知れません。自分が救ってきたはずの人命、自分が正義だと信じて振るってきたビルドドライバーの機構そのものが、自らの前世である葛城巧の罪業によって生まれ、さらに無実の若者である佐藤太郎の命の犠牲の上に成り立っていたという冷徹な因果律。桐生戦兎というアイデンティティは、科学の悪名と無慈悲な死の狭間に浮かぶ「存在しないはずの幻影」でした。