JUDY AND MARYは、なぜ2001年3月の東京ドーム公演『WARP TOUR FINAL』をもって解散しなければならなかったのか。当時、週刊誌などを中心に「メンバー同士の不仲」「特にYUKIとTAKUYAの修復不可能な対立」がセンセーショナルに報じられました。しかし、残された記録や関係者の証言を丹念に紐解くと、バンドという有機体が抱えた必然的な構造変化が浮かび上がってきます。
初期のジュディマリは、リーダーであり元JACKS'N'JOKERのベーシスト・恩田快人が生み出すポップパンク路線(『POWER OF LOVE』『BLUE TEARS』など)が主軸でした。しかし、卓越したギターテクニックと斬新なアレンジセンスを持つギタリスト・TAKUYAが台頭するにつれ、サウンドの主導権はTAKUYAへと移行します。TAKUYAがプロデュースした『Over Drive』や『クラシック』のメガヒットにより、バンドは国民的人気を得たものの、音楽的イニシアチブの変化はメンバー間の力関係に微妙な影を落としました。
TAKUYAの妥協を許さない完璧主義的な楽曲制作は、YUKIのボーカリストとしての表現力を極限まで引き上げた反面、精神的・肉体的な負荷を増大させました。1998年にはYUKIが喉のポリープ手術を受け、バンドは活動休止を余儀なくされます。当時の特番インタビューや自著などで語られた内容を統合すると、メンバー4人全員が「JUDY AND MARYという巨大なモンスター」を維持するためにエネルギーを完全に使い果たし、バンドとしての創造的寿命を迎えていたことが真の解散理由であることが分かります。