伊勢佐木町のアイデンティティを語る上で欠かせないのが、歌謡曲と大衆演劇が息づく歴史です。昭和43(1968)年に発売された青江三奈の『伊勢佐木町ブルース』はミリオンセラーを記録し、この街の名前を日本全国に轟かせました。イセザキ・モール4丁目には現在も「伊勢佐木町ブルース歌碑」が設置されており、ボタンを押せばあの哀愁漂うメロディが街角に響き渡ります。
明治の開港期に誕生し、大正・昭和初期には「ザキ」の愛称で東京の銀座や浅草と並び称された劇場街でした。日本初の歩行者天国モールとしてオープンしたイセザキ・モールは、時代の変遷とともに大型百貨店の撤退を経験しつつも、個人商店、ファストフード、多国籍スーパーが共存する独特のロードサイドへ進化を遂げました。
1990年代後半には、松坂屋前(現・カトレヤプラザ伊勢佐木)で「ゆず」が毎週日曜日に路上ライブを行っていた逸話も有名です。昭和のノスタルジーと平成のストリートカルチャー、そして令和の多文化共生が重なり合う地層のような深みが、現在の横浜市中区伊勢佐木町を形作っています。