山部赤人が駿河国(現在の静岡県中央部)を訪れた際に詠んだ長歌は、地上の細やかな景色ではなく、天と地が分かれた世界の創世から筆を起こしています。
【原文・読み下し文】
天地(あめつち)の 分(わか)れし時ゆ
神(かむ)さびて 高く貴(たふと)き
駿河なる 富士の高嶺(たかね)を
天の原 振(ふ)り放(さ)け見れば
渡る日の 影も隠(かく)らひ
照る月の 光も見えず
白雲も い行(ゆ)きはばかり
時じくぞ 雪は降りける
語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ
富士の高嶺は
【現代語訳】
天と地が分かれてこの世界が始まった時から、神々しく威厳を保ち、高く尊い駿河の国にある富士の高嶺を、大空遥かに仰ぎ見ると、天空を運行する太陽の光もその背後に隠れて遮られ、夜を照らす月の光も見えないほどである。湧き立つ白雲も(あまりの高さと険しさに)行く手を阻まれて立ち止まり、季節の区別もなく常に雪は降り積もっている。いつまでも語り継ぎ、後世へと伝え続けていこう、この素晴らしい富士の高嶺を。
冒頭の「天地の分れし時ゆ」というフレーズは、中国の古代思想や『古事記』冒頭の神話を下敷きにしており、富士山が人類の歴史以前から永遠の神として存在していることを鮮烈に印象づけています。