ペストの歴史と黒死病の真相|中世壊滅の理由と現代の脅威

ペストの歴史と黒死病の真相|中世壊滅の理由と現代の脅威

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中世から近世のペスト流行を象徴するビジュアルといえば、不気味な鳥の嘴(くちばし)を持つマスクに全身を黒い革衣で覆った「ペスト医師(ペストドクター)」の姿です。現代のサブカルチャーでも知られるこの奇怪な異形の装束は、1619年、フランスのルイ13世の首席侍医であったシャルル・ド・ローム(Charles de Lorme)によって考案されました。

このマスクが鳥の嘴の形状をしている理由は、当時の医学界を支配していた古代ギリシャ以来の「瘴気説(ミアズマ説)」に基づいています。当時は病原菌の存在が知られておらず、疫病は腐敗した有機物や湿地から立ち上る「悪性の空気(瘴気)」を吸い込むことによって発生すると信じられていました。

医師たちは、瘴気という悪臭から身を守るために芳香が有効であると確信していました。そのため、鳥の嘴状に突き出した先端部分には空洞が設けられ、乾燥させたバラの花弁、ミント、樟脳、没薬(ミルラ)、クローブなどの香料やハーブがぎっしりと詰め込まれていたのです。嘴はフィルター付きの防毒マスクとして機能させるための空間設計でした。

さらに、医師がまとった足元まで届く長外套は羊革または獣皮に蝋(ワックス)を染み込ませたもので作られ、ガラス製のゴーグル、革手袋、つばの広い帽子を着用していました。手には先端に杖を持ち、患者に直接手で触れずに衣服をめくったり脈を診たりするために用いられました。

瘴気説自体は科学的誤りでしたが、蝋引きの厚手レザーによる全身防護や直接の接触を避ける杖の使用は、結果としてペスト菌を媒介するノミの付着や患者からの飛沫を物理的に遮断する効果を発揮しました。医学的根拠は的外れでありながら、防護具としての機能は部分的に近代の感染防護服(PPE)の先駆けとなっていた事実は、医学史における極めて興味深い皮肉と言えます。

山田 真由
著者

山田 真由

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