この楽曲の歌詞は、単なる旅の紀行文や失恋の追憶にとどまりません。青年が大人へと成長する過程で直面する「心理的離乳」と「アイデンティティの再構築」を描いた文学作品としての側面を持っています。
1番では「二十歳(はたち)になれば大人になれると信じていた」という若き日のナイーブな幻想が語られ、2番では旅回りの地方都市でかつて愛した女性の幻影を追う姿が描写されます。そして3番では、すれ違う人々の冷たさと温もりを感じながら、自らの足で歩み続ける決意が吐露されます。
家族社会学や心理学の視点から分析すると、ここには高度経済成長から安定成長期へと移行する日本社会で多発した「上京青年の故郷喪失(アノミー状態)」が鮮明に投影されています。親や故郷という心理的防壁(バウンダリー)から切り離され、見知らぬ街で孤独に耐えながら自己を確立していくプロセスです。過度な自己憐憫(れんびん)に逃げることなく、「ここまで来てしまった」という現実を静かに引き受ける歌詞構成が、聴き手のカタルシス(精神の浄化)を呼び起こします。