爆発的な話題を呼び、一時は数百種類以上の有名ブランドが参加したダッシュボタンですが、米Amazonは2019年2月末に端末の販売を終了。さらに同年8月末には、すでに世界中のユーザーの手元にあったすべての端末の機能を停止し、物理ボタンによる注文サービスは完全に幕を閉じました。利便性を絶賛されていたプロダクトが、なぜこれほど急激に消滅したのでしょうか。そこには単なる需要の問題にとどまらない、3つの構造的な要因が存在します。
第1の要因は、画面を持たないインターフェース(ゼロUI)が孕む価格不透明性です。Amazonの販売価格はアルゴリズムによって日常的にダイナミックプライシング(価格変動)が行われています。ボタンを押した瞬間、その商品が平常時の価格なのか、それとも需要逼迫で高騰しているのか、ユーザーは注文完了通知がスマホに届くまで知ることができませんでした。この仕様に対し、2019年1月にドイツのミュンヘン高等裁判所が「消費者が購入価格を事前に確認できない仕組みは消費者保護法に違反する」との違法判決を下しました。巨大な欧州市場での法的な包囲網は、グローバル展開を続けるAmazonにとって致命的な打撃となったのです。
第2の要因は、「Alexa」を搭載したスマートスピーカーやスマホ画面上の「バーチャルダッシュボタン」の台頭です。2010年代後半、Amazon Echoをはじめとする音声アシスタントが爆発的に普及しました。「アレクサ、トイレットペーパーを再注文して」と声を発するだけで、現在の販売価格を聞きながら確認付きで安全に注文できるようになりました。また、Amazonの公式サイトやモバイルアプリ内に同等のワンクリック注文ができる「バーチャルダッシュボタン」が標準実装されたことで、物理的な専用プラスチック端末を何個も壁に貼る必然性が薄れていったのです。
第3の要因は、単機能デバイスを大量生産・廃棄することへの環境的・コスト的負荷です。乾電池を内蔵した小型電子機器が消耗品ブランドごとに家庭へばらまかれ、製品リニューアルや規格変更のたびにゴミとなる構造は、世界的なSDGsや循環型社会への移行期において企業責任の面からも維持が困難だったと指摘されています。