最初の離婚から4年が経過した1969年、有馬稲子さんは観光・レジャー事業を手がける実業家の河村三郎氏と再婚します。芸能界とは異なる経済界のパートナーとして、今度こそ穏やかで安定した家庭を築けるかのように見えました。一部ネット上では「河村昭一郎」という表記も見受けられますが、当時の公式記録や報道では河村三郎氏として知られています。
ところが、この再婚生活もやがて暗転します。夫の事業が行き詰まりを見せ始めると、有馬さんは知らぬ間に夫の会社の連帯保証人に組み込まれ、さらには自宅を担保に入れられるなど、多額の債務トラブルへと巻き込まれていきました。最終的に会社は倒産し、夫が残した数千万円から億円単位とも言われる膨大な負債が有馬さんの肩へと重くのしかかることになります。
有馬さんは逃げることなく、舞台やテレビドラマに精力的に出演し続け、自らのギャランティと蓄えによって夫の借金をすべて完済しました。14年間に及ぶ再婚生活は1983年に正式に幕を閉じましたが、この壮絶な経験が彼女の精神的な独立心を決定づけ、「何があっても自分の足で立ち、自分の力で生きていく」という強い覚悟を生む契機となったのです。