羽生結弦選手の父親である羽生秀利さんは、宮城県内の公立中学校で教鞭を執り続けた数学の教員です。ネット上や報道で取り沙汰されてきた「教頭や校長を務めていた」という噂は紛れもない事実であり、教育界において確固たるキャリアを築いた人物でした。
秀利さんは長年にわたり公立中学校の数学教師として勤務し、熱心な指導で生徒や保護者から厚い信頼を寄せられていました。その後、教頭職を経て仙台市内の公立中学校で校長を務め上げ、定年退職を迎えています。教育者としての厳格さと温かさを兼ね備えた人物として知られています。
また、教員時代には野球部の顧問を務めていた経験があり、自身も大の野球好きでした。羽生選手が幼い頃、スケートの過酷な練習に弱音を吐いた際には「スケートが嫌なら野球をやってもいいんだぞ」と声をかけ、決してスケートを一過性の重圧として強制しなかったという有名なエピソードがあります。この父親の言葉によって、羽生選手は「自分は親にやらされているのではなく、自らの意志でスケートを選んでいる」と強く自覚するきっかけを得ました。
さらに秀利さんの教育方針の根幹にあったのが、「勉強をおろそかにしないこと」です。「スケートだけができる人間になってはいけない。学校の勉強や社会的な常識を身につけてこそ一流である」という教えを一貫して守らせました。羽生選手がトップ選手として多忙を極める中でも学問を投げ出さず、早稲田大学人間科学部(通信教育課程eスクール)を7年かけて卒業し、自らの動作解析を学術論文としてまとめるに至った背景には、間違いなく教育者である父親の深い影響があります。