国際社会においてヒトラー敬礼が絶対悪として扱われる最大の理由は、この所作が単なる一過性の政治的ジェスチャーではなく、「ナチズムが引き起こした未曾有の人道に対する罪(ホロコーストや侵略戦争)を全肯定・賛美する宣誓」そのものと等義であると法的に認定されているためです。
日本を含む一部の国では「言論や表現の自由」の枠内で語られがちですが、第二次世界大戦で壊滅的な惨禍を経験したヨーロッパ諸国、特にドイツにおいては根底にある法哲学がまったく異なります。ナチス・ドイツは、当時世界で最も民主的と評されたヴァイマル憲法の隙を突き、合法的な選挙とプロパガンダを通じて権力を掌握し、結果として民主主義そのものを内側から破壊しました。
この痛恨の歴史的反省から生まれたのが、「戦う民主主義(Streitbare Demokratie)」という国家哲学です。「民主主義を破壊する自由までは認めない」「人間としての尊厳を踏みにじる勢力には、寛容の精神を適用しない」という毅然とした防衛原則が敷かれています。つまり、ヒトラー敬礼を行うことは、被害者遺族の尊厳を公然と傷つけるヘイトクライムであると同時に、自由な民主主義秩序に対する直接的な攻撃とみなされるのです。