1991年(平成3年)5月14日、東京・両国国技館内の記者会見場は異様な緊張感に包まれていました。詰めかけた無数の報道陣の前に姿を現した千代の富士は、トレードマークだった精悍な表情を崩し、溢れる涙を拭いながらマイクに向かいました。
「体力の限界……気力もなくなり、引退することになりました」
わずか数秒の沈黙の後、声を詰まらせながら発せられたこの一言は、日本中に大きな衝撃を与えました。鍛え上げられた肉体美から「ウルフ」と呼ばれ、無敵の強さを誇った大横綱が口にした「限界」という二文字。それは決して弱音ではなく、自らの身体と極限まで向き合い、横綱の品格と責任を全うした男にしか言えない、重く崇高な告白でした。
当時35歳11か月。常に「強い千代の富士」であり続けることを自らに課してきた男が、土俵人生の終幕を自らの意志で下した瞬間でした。