冬の木曽路を歩くと、地元の人々が上着の下や日常着の上に軽やかな布を背負っている光景に出会います。これが南木曽町特有のねこ半纏です。一般的な綿入れ半纏と大きく異なり、前身頃や袖が一切ありません。一見すると背中を覆うだけのベストにも見えますが、袖がない理由には明確な歴史的背景があります。
南木曽町は木曽ヒノキやトチなどを切り出して加工する「南木曽ろくろ細工」をはじめとする木工工芸の町として知られています。冬場、暖房器具のない冷え切った作業場で木地師(きじし)たちが木を削る際、袖のある半纏を着ていると袖口が回転するろくろに巻き込まれる危険があり、手元の細かい作業も妨げられてしまいます。「手先や腕を軽快に動かしながら、冷え切る背中だけを温めたい」という切実な現場の要望から誕生した実用着こそが、南木曽ねこの成り立ちです。
愛称である「ねこ」の語源には地域でいくつか説が伝わっています。「ねんねこ半纏」から転じたという説や、まるでおんぶされた猫のように背中が温かいからという説、あるいは木地師が作業中に前かがみになる姿が「丸まった猫の背中」に似ているからという説など、温もりを感じさせる由来が語り継がれてきました。
人体構造の観点からも、この形状は理に適っています。背中の中央、肩甲骨の間には東洋医学で風邪の侵入を防ぎ体全体の血巡りを整えるとされるツボ「風門(ふうもん)」があり、その深部には大きな動脈が走っています。ここを保温すると温かい血液が全身へと巡るため、袖を省いても体感温度が約2〜3度上昇したような温もりを得られるのです。さらに、重い袖や前身頃がないため衣類の重量は一般的な半纏の半分以下に抑えられ、長時間の着用でも首や肩への負担がほとんどありません。