ネット上で「もはや伝説の美少女」と再評価されているのが、2000年代初頭の安藤美姫のジュニア時代です。当時のニュース映像や安藤美姫の昔のかわいい写真がSNSに投稿されるたび、「肌の透明感が異次元」「目鼻立ちがくっきりしていて現代のK-POPアイドルや乃木坂46の中心メンバーのよう」といった絶賛のコメントが数千件規模で寄せられます。
彼女が全国区でその名を知らしめたのは、2002年12月にオランダ・ハーグで開催されたジュニアグランプリファイナルでした。当時中学3年生、わずか14歳だった彼女は、フリースケーティングで女子初の4回転サルコウ成功という、国際スケート連盟(ISU)公認競技会における世界初の偉業を成し遂げたのです。これは男子ですら跳べる選手が限られていた時代において、フィギュアスケート界の歴史を半世紀進めたと世界中で報じられました。
しかし、当時の日本列島が沸き立った理由は、その卓越した超絶技巧だけではありませんでした。リンクの上で弾けるあどけない笑顔、ポニーテールを揺らしながら無邪気に喜ぶ姿、そして圧倒的なスタイル。当時のスポーツ紙や週刊誌各社はこぞって「ミキティ」の愛称を冠し、連日一面でそのビジュアルを特集しました。ネット上で今も拡散され続ける安藤美姫の全盛期画像を見ると、競技用コスチュームはもちろん、ジャージ姿やすっぴんの練習風景すら完成された美しさを放っており、ネット上で「可愛すぎる」と騒がれるのも必然と言えます。
当時、現場を取材していたスポーツライターはこう述懐します。
「試合会場のミックスゾーンには、普段フィギュアスケートを取材しない芸能デスクや写真週刊誌のカメラマンが押し寄せ、まさにアイドルの囲み取材のような異様な熱気に包まれていました。フラッシュの嵐の中、屈託のない笑顔で応じる彼女の可憐さは、瞬く間に社会現象となりました」